土地で鳴る音

その土地で鳴りやすい音、その土地でしか鳴らない音というものがあると思う。

どこかの土地の音楽、儀式のような音楽は、持ち出す事が不可能で、その土地ありきでその音楽が存在するらしい。

僕にとって、その土地でしか鳴らない音楽というのは、ノルウェーのオスロでよく聞いた Radka Toneffの”Fairytales” と Keith Jarrettの”My Song"である。

日本で聞いても、もちろんいいアルバムだと思うけど、何故かこの二枚は鳴りが違う。
オスロの空気がそのまま録音されてしまったようなアルバム達。

Radkaのアルバムはノルウェーで聞いていると、どこか、30歳で命を断った、彼女の心のようなものとリンクするような気分になる。死にたいというのではなく、そのまま、ノルウェーの自然の音に溶けていきたくなるような。
そして、どこか昔Radkaに会った事のある気持ちになる。

keithのMy songの最後の Journey Homeという曲のイントロも、本当にオスロの、秋、冬の空気のようなものが、パックされているきがする。

一度、オスロを訪ねたなら、この二枚を手持ちのプレーヤーに入れて聞いて見て欲しい。

この土地でしか鳴らない音、の”土地”
というものを自分の身体に置き換えてみたらどうなるのだろう、とふと思った。
自分の身体という”土地”でしか鳴らせない音、土地とリンクしている伝統音楽の儀式のように、外に持ち出す事ができない音楽。その土地の空気が沢山流れてしまってる音楽。
身体の中。

多分、そういうものはあるんだろう。多分。



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by super_masakikai | 2016-08-06 01:43 | Comments(0)